読書感想「少年は残酷な弓を射る」

少年は残酷な弓を射る』(上・下巻) -We Need to Talk About Kevin- ライオネル・シュライヴァー 2012年6月 ★★★★★


[コメント] 今年イチオシの絶賛お勧め小説。が、この本のあらすじを書くと、「あー、そのテの話なんだ?」と、そのテの話が苦手な人に敬遠されそうなので書きたくない。そのテというのは、サスペンス映画で観た事があるような、心理的追いつめられ系バイオレンスのコワー!! な展開。その点はご心配なく、真面目で現実的な人間ドラマ。テンポの遅い上巻の中盤まではうーん? と思っても、下巻は読み始めたら止まらない。7月にこの本を読んでから、かれこれ5ヶ月経った現在でも、描かれなかった真相や選ばれなかった人生をあれこれ妄想してしまう。


失敗したのが本を読む前に、今年6月に日本公開済みの映画(邦題同じ) の予告編を観てしまったこと。YouTubeのオリジナル予告編は全然オッケー。日本語の公式サイトの予告編がダメで、映像を観せすぎ、ナレーション語りすぎ、字幕出しすぎ。クライマックスを含む物語の流れが、薄々どころか丸分かりになっているので全力で注意されたし。この小説の内容を1〜10とすると、映画の予告編には「1〜5までの要所要所がズバリと、8(大きな出来事)、9(その結果)」が描写されていて、その大きな出来事がどういう性質のものかバカ(私)でも分かってしまう。未熟な私は本を読み始めてからこの予告編に引きづられてしまい、最初から読み返すはめになってしまった。恐るべし、予告編の呪縛。


フツーにこの本のあらすじを知ろうとすると、どこも内容が丸分かりの同じあらすじが紹介されているので、「詳しい内容を知らずに読みたい方」は、この本について検索せず(特にamazonはダメ)、表紙の裏に書かれているあらすじを読まず(簡潔ながら察しがつくのでダメ)、映画の公式サイトを完全スルーで(ページを開くと宣伝コピー等で察しがつくのでダメ)。逆にこの本を読むつもりがないなら、映画の予告編を観るだけで9割方は内容が分かる。残り1割が重要なのでお勧めしないけど。ミステリーではなく謎解きの要素はないので、内容を知っても影響されない方は、気にせずあらすじを読んでからどうぞ。これだけあらすじが紹介されているのだから、内容が分かっている前提でいいのかも知れないけど。どっちだよ。いやー、私は何も知らずに読みたかったよコンチクショーだ。


と、いう後悔から前置きが長くなりましたが、今年イチオシの絶賛お勧め本なので、取りあえず読んでおけ!!
・・・などとお勧めされても、どんな話かも分からないのに読めるか!! 忙しいんだよ!! しかも上下巻かよ!! という方のために、あらすじを徐々に明かしていく4段階で紹介。

1) ネタバレなし。ボカしたあらすじ
朗らかで陽気な夫フランクリンと、大手出版社CEOのエヴァの息子ケヴィンが「ある事件」を起こしてから1年数ヶ月後。彼女は週に1度、息子との面会をひとりで続けてきた。誰よりも息子の誕生を喜び、ケヴィンを信じ続けたフランクリンは、幼い娘と共にエヴァから離れていってしまった。何故、自分はケヴィンとの面会を続けているのか。子どもの犯罪は親が責められるべきなのか。全てが母親である自分だけの責任なのだろうか。エヴァは葛藤の日々を振り返りながら息子と対峙し、夫へ宛てた手紙に綴っていく。


[コメント] こりゃもう今すぐ読まなくちゃ!! と思うような、俄然興味が沸いてくるあらすじを書けず申し訳ない。まー、ネタバレなしって事で。少年犯罪者の母親の視点を通して事件の背景を描く。重い罪を背負わされ、罪悪感を澱のように心に沈殿させ生きてきたエヴァが、ただひとつの答えを求めていく。それはもう、私だって聞きたい。分かっちゃいるけど、それでも問わずにはいられない。なんで? どうして? ケヴィーン!! 息子に偏見を持っている主人公の心理描写、万事がこう考えるに違いないと読者に信じこませる出来事の数々、事件の起こった「あの木曜日」へ少しずつ近づいていく澱んだ緊張感が完璧。


何故、息子は事件を起こしたのか? 何故、彼らを選んだのか? 何故、自分は息子を産んでしまったのか? エヴァの一人称のため、彼女の知らない空白の部分が想像を掻き立てる。とりあえずエヴァの記憶力はすげー!! エヴァは夫婦の意思疎通の欠如が事件を引き起こしたのではないかと考え、「私たち、もっとケヴィンについて話しましょう」と、過去の出来事を振り返り、彼女だけが知っていた事実を推測を交えて夫への手紙に書き連ねていく。邦題は微妙なんだけど、諏訪敦氏の装画「どうせなにもみえない」は深い。悲劇的な事故や事件場面を暴力的に描かず、母親と息子の断ち難い情、鈍い悲しみと僅かな希望の余韻が後を引く。


2) 上巻前半で明かされる情報を控え目に
息子が起こした事件でエヴァはキャリアを失った。成長したケヴィンのために購入した高級住宅地に建つ自宅を手放し、祖末な借家にひとりで暮らしている。ケヴィンにつけたエヴァの特徴的な名字が、彼女がこの街で安らげる場所はない。唯一残された逃げ場であるケヴィンとの面会日は、嘲罵と恥辱にまみれているエヴァを更に苦しめる。ケヴィンが母親の全てを奪う事件を起こした理由は分かっていた。エヴァは息子を愛した事がなかったのだ。


[コメント] 自宅を手放したと言ったって、ぽーんと3百万ドルで売却してるので心配ご無用。エヴァが知っていたケヴィンの成長過程で起こった事実と、推測だけで語られるはっきりしない事だらけの状況に、心地よいもどかしさが炸裂。行間を読ませまくり、邪推させまくり、妄想させまくり。エヴァの過去への彷徨が、事件の起きた「あの木曜日」へ向かっていく。仕事はバリバリで合理的なのに、愛するフランクリンにはメロメロで冷静な判断力を失ってしまう。息子を愛する事が出来なかったからって「私だけが悪いワケ〜?」と言ってのけるエヴァのバカ正直さが大好きだ。


3) 事件が何なのか気になってしょーがない人に結果だけ
利己心で妊娠を望んだ母親は、生まれた息子を愛せなかった。この世に産まれ落ちた時から、息子は母親を拒絶した。我が子に愛情を持てない母親の心を見透かすように、ケヴィンは父親にだけ子どもらしさを演じる一方、エヴァに対しては執拗な反抗を繰り返す。そして成長したケヴィンは、16歳を迎える3日前の「あの木曜日」に、11人を殺害し、1人に重傷を負わせ逮捕されてしまう。


[コメント] 日常のささいな違和感しか抱かせないケヴィンの幼少期、フランクリンを失いたくなくて言えなかったエヴァの本心、家庭内で静かに進行していた破滅への兆候、物心のつく前から自分にだけ悪意を向け続けた息子との葛藤の日々を振り返り、フランクリンへの手紙に書き連ねていく。「愛するフランクリン。ねぇ、あなたは知ってた? 」って、いやー、フランクリンは知らなかった。ていうか、目玉から入っていても脳みそまで届いちゃいなかった。息子の良い面だけを見ようとするフランクリンと、息子の悪い面しか見えなくなっていたエヴァが見ていたケヴィンは全く違う。


子どもを2人産んだエヴァが唯一愛している人間が、アメリカの理想の家族像を信じて疑わない善良な男フランクリン。愛情を持てない息子を手を抜かずに育てていた間、おめでたいフランクリンは息子が自分にだけ懐いていると自惚れ、いちいちコロリと騙されてきた。なんてチョロイ父親なんだ。子育てを理由にいきなり仕事を辞めてくるし、エヴァに相談もなく高額な家を買ってしまうし、いいのか? こんな夫で!! 目を覚ませー!! と思っている間に、事件は起こってしまう。こんなバカ親フランクリンだけに「あの木曜日」に、思い知らされる瞬間があまりにも切ない。


聡明で自立したエヴァの生真面目な性格と、恐るべき忍耐力でケヴィン成長の試練に立ち向かっていた過去が明らかになるにつれ、その誤解されやすい不器用さが泣けてくる。フィクションだと分かっているのに、ここまで酷いことが少年にできるものなのかと、暗鬱な気分から抜け出せなくなってしまう。赦しなど許さない悪を犯した息子にも、そのように育った息子を見くびっていた母親にも、共感し引きづり回される。


4) 大きなネタバレなし、要所要所をズバリのあらすじ。知りたくない人は止めておけ。
海外出張の多いエヴァは、愛するフランクリンを家に置き去りにしている自分に罪悪感を抱く。複雑な家庭で育ったエヴァは子どもを作るつもりはなかったが、フランクリンが本心では「息子」を望んでいた事を知っていたからだ。エヴァの妊娠で露になった互いの価値観が夫婦の関係を変えてしまっても、息子ケヴィンの誕生はフランクリンの望む家族像を満足させた。


成長したケヴィンは勉強もスポーツも平凡で目立たない存在だったが、エヴァにだけは分かっていた。ケヴィンが知能が高く、他人を易々と操り、母親が自分を愛していないと知っている事を。ケヴィンの周囲で起こる悪意ある出来事の数々に、エヴァは不安を募らせるが、フランクリンは話を聞き入れない。娘シーリアが誕生し、表面的には問題のない家族を続けていく中で、エヴァとフランクリンとの溝は深くなっていく。


悲劇的な事故が起こり、エヴァはケヴィンの冷酷な本性を確信するが、フランクリンはエヴァの懸念を断じ、兄を慕うシーリアも決して疑わない。我が子を愛せない母親がいる事を、ましてやそれが自分の妻である事実など、フランクリンには受け入れられなかったのだ。信頼を失くした夫婦が戻れない時を迎えた時、ケヴィンは事件を引き起こす。


[コメント] ケヴィンが1人で実行した事件は「コロンバイン高校銃乱射」のようなものだけど、果たして現実社会で防ぐ事が可能なのかと不安にさせる優雅で冷酷な犯行。ここまで警戒しなくちゃならんのかと、米国の学校関係者は頭を抱えたに違いない。無差別殺人ではなく、明確な殺意をもって結末を見届けたケヴィンは、一生を棒に振らないだけの逃げ道も用意している。くー、その集中力を全力で別の方向へ回しておけば、見えていなかった道があったはずなのに。裕福な家庭に育ち、どんな将来も選べる才能に恵まれながら、ケヴィンは母親の心に自分の存在を刻みつける人生を選ぶ。なんて勿体ないんだー!!


息子を愛する事ができなかったエヴァはケヴィンと関わり続け、望まれずに生まれたケヴィンもまた母親から離れられない。互いに無関心を装いながら、合わせ鏡のように愛情に潔癖な母親と息子が、事件から2年という時を経て初めて触れあう。ケヴィンの成長の過程で幾度となくその機会を逃した、その痛恨があまりにも苦しい。本来あるべき姿を変えたケヴィンの人生に思いを馳せて泣けてくる。

少年は残酷な弓を射る 上

少年は残酷な弓を射る 上

少年は残酷な弓を射る 下

少年は残酷な弓を射る 下

映画はエヴァ役がティルダ・スウィントン。他人に誤解されそうな冷んや〜りした孤高の女が完璧イメージ通り。ケヴィン役は映画初出演のエズラ・ミラー。ヘンタイ野郎と紙一重のイケメンで、ねちっこい強烈な目ヂカラで惹き付ける。

少年は残酷な弓を射る [DVD]

少年は残酷な弓を射る [DVD]


読了後、心がざらざらに爛れてしまった方にお勧めのコミックはこちら。『flat』青銅ナツ

flat (1) (BLADE COMICS)

flat (1) (BLADE COMICS)