10月の読書感想

■『わたしのなかのあなた』-My Sister's Keeper- ジョディ・ピコー 早川書房 2006年9月 ★★★★★
 白血病の姉ケイトを救うため、完全な適合ドナーとなるべくして“創られた”13才の妹アナ。この世に産まれ落ちた時から、幾度となくケイトの命をつなぎ止めてきたアナは、一刻を争う重篤な状況に陥った姉への腎臓提供を拒否するため両親を訴える。「自分のからだは自分で守りたい」と。


 家族の人生を犠牲にさせている事に誰よりも心を痛める16才のケイト、愛する姉の命綱という立場のアナ、アナのような役割もなく孤独の中で成長した18才の兄ジェシー、ケイトと同じようにアナも大切に思う父親ブライアン、そして、ケイトの命を救うことを最優先に生きてきた母親サラ。ケイトを中心に辛うじて保ってきたバランスの崩壊に揺れるフィッツジェラルド家族と、アナの依頼を引き受けた人権派のキャンベル弁護士、彼が捨てた元恋人で訴訟後見人のジュリアの視点から語られる、死に直面した家族の物語。


 子どもの命を救うために、ドナーとなる子どもを産むという選択の是否や倫理観には踏み込まず、それぞれの立場から家族の歩んできた時間を静かに語っていく内容が深い。不治の病を最前線にもってきたお涙頂戴モノではなく、カラリと明るい語り口で、フィッツジェラルド家の全員に感情移入し、全員に共感してしまう。特にジェシーが切なすぎる。愛するケイトに生き続けて欲しいと願う家族の絆は、当人たちも気づかないほどに強く、ほろ苦い痛みの棘が心に刺さる結末の余韻が辛い。ていうか、そりゃないよ〜!! とはいえ、今年読んだ本のベスト。1ダースもの言い訳を用意し、片時も犬と離れないキャンベルも目が離せないキャラクターで、最高に盛り上がる場面まで引っ張るその理由も読みどころ。キャメロン・ディアスアビゲイル・ブレスリン出演「私の中のあなた」(未見)の原作本。購入無用、図書館で。


■『我らが影歩みし所』上巻 -Cast of Shadows- ケヴィン・ギルフォイ 扶桑社ミステリー2006年12月 
不妊治療において、クローン技術による出産が実用化されている近未来。その第一人者であるデイビィス医師の元へは子どもを望む夫婦が訪れる一方、強硬手段を用いて妨害する組織宗教の事件が多発していた。ある夜、デイヴィスの一人娘アンナが、何者かによって惨殺された。愛する娘の死に憔悴するデイヴィスの妻はアンナのクローン児を望むが、クローンで魂の複製はできない事を誰よりも知るデイヴィスは娘の死を受け入れる。しかし、犯人への復讐を誓うデイヴィスは、生存する者をドナーにしてはならないというクローンの禁忌を破り、アンナの体内に残された精子で、犯人のクローン児を誕生させていたのだ。娘を殺した男の顔を知るために…。


氷点のような展開かと思ったが、無関係な人間を派手に巻き込み突き落とす、頭のいいヤツは取り返しのつかない過ちをしでかすパターン。アンナの死には一切の責任がないクローン児の成長をひたすら待ち続け、下巻では人格が顕著に現れ始めたクローン児ジャンティンの行動に期待。ていうか、なんで上巻だけ? というのは、ブックオフで上巻しか買えず、図書館にもなくて現在リクエスト中だから。上巻しか読めない可能性もあるので一応紹介。上巻末時点で★★★★


■『レッド・ハンド』-With Red Hands- スティーヴン・ウッドワース SB文庫 2006年10月 ★★★
紫の瞳を持ち、生まれつき死者の霊と交流できる霊能者“ヴァイオレット”。犯罪捜査に協力し、彼らを通して語られる被害者の言葉は、裁判でも正式な証言として認められている。妊娠中に夫を亡くしたシングルマザーのナタリーは、ヴァイオレットを掌握する最大組織<北米交流協会>を脱退しフリーとして活動していたが、保育園に通う娘カーリーもまたヴァイオレットで、彼女を手に入れようとする協会に監視され続けていた。


ある日、友人の検事補に内密で協力を求められたナタリーは、不正ができないはずの裁判において、明らかに有罪と思われる容疑者を、被害者の証言で無罪にさせた弁護士とヴァイオレットが、再び殺人事件の担当になったと聞かされる。不信を抱いたナタリーは要請を受け、密かに裁判に立ち会う。やがて真相を追求するナタリーの前に、かつてヴァイオレットだった母親の精神を破壊した殺人鬼の霊が現れる…。


『ヴァイオレット・アイ』に続く<ヴァイオレット>シリーズ第二弾。犯罪被害者がいちいち証言してくれれば警察は要らんだろうというワケで、あるトリックを使ってヴァイオレットに全く違う証言をさせる裁判と、ナタリーの母親を廃人にさせた殺人鬼の死者と対峙が描かれる。どちらか1つに絞った方が良かったとは思うけど、ぼちぼち面白いので、あらすじで敬遠せずに図書館で。


■『アーミッシュ昨日・今日・明日』-The Amish of Lancaster Country- ドナルド・B・クレイビル 論創社 2009年5月 ★★★
2006年10月、非アーミッシュの男が1教室制のアーミッシュの学校で立て篭り10人の少女へ発砲、5人が殺されるという事件が起こる。この悲劇に対しアーミッシュの人々は赦しで応えた。独特の生活様式を貫く宗教グループ、アーミッシュ。毎年、830万人もの観光客がその生活を一目見ようとランカスター群にやって来るという。アーミッシュの友人を持ち研究の第一人者である著者が、外の世界の影響を最も受けているペンシルベニア州ランカスター・コミュニティーを中心に、アーミッシュの過去、成長を続ける現在、絶え間なく変わり続けているこれからの姿を説く。


テレビや映画で観るにつけ、その独特の暮らしぶりが野次馬気分で気になる存在アーミッシュ。1家族当たり平均で7人の子どもを持ち、車に乗っても良いが所有や運転をしてはいけない。公共の電気の利用は禁止。めんどくさ!! 電話を使う事はできるが、家の中への設置は禁止である。なんで!! 14才で正式の学校を終え高等教育を禁止、世俗的な仲間から感化を受けないよう若者を隔離する一方、ソーダを飲み、ファーストフードやコンビニを利用し、インラインスケートを楽しむという。その線引きはどこに!! 近代的生活に抵抗し外の世界と明確な境界線を引きながらも、文化的妥協によって発展し続けているのだ。共同体の価値を尊重する暮らしは興味が尽きず、入門編にぴったりの内容。コミュニティー故の障害児の出生率の高さという深刻な問題があるようだが、その話には一切触れず。購入無用、図書館で。