旅行16 5日目、大回りコース2 バンテアイ・クデイとスラ・スラン

旅の5日目、続き。


20) 「プレ・ループ」から、トゥクトゥクに乗って、走って、降りて、約5分。


■11:30〜12:00
21) 「バンテアイ・クデイ」Banteay Kdei (見学時間目安30分) ★★★
創建[第一次アンコール都城(900年頃)、勢力分裂から国内統一(1000年頃)、内乱・戦争で混乱(1100年頃)、◎クメール文化の頂点(1200年頃)]


「僧房の砦」という意味。僧房の意味が分からないバカなんですけど!! 僧房とは、寺院内にある僧が生活する部屋や建物の事だそうだ。僧の房、読んで字の如し。僧侶の学問の場だったと推測されている。


もともとはヒンドゥー教として建てられ、その後、ジャヤヴァルマン7世によって仏教寺院に改造。さらにその後、僧侶が生活するために回廊などが改造されている。どの辺りがヒンドゥー教様式で、どの辺りが仏教洋式なのか、宗教の混ざり加減は全然分からなかった。




東楼門から西楼門まで、約700mの通路が一直線に延びている。



 
A) 東塔門。大槻ケンヂの顔の“ひび割れ”のような亀裂が縦にざっくり。



  
B) ナーガがきれいに残っているテラス。



 
C) 東楼門。右は東楼門内に安置されている、後世に持ち込まれた仏像。



 
J) ナーガの欄干。




D) 瞑想をするための建物。



 
E) 踊り子のテラスの柱にある、ハスの花の上で踊るアプサラのレリーフ。かなりの身軽な人と思われる。右の画像は何か不明。



  
F) 塔門。一直線にくぐって、くぐって、くぐって、くぐって、くぐって、くぐって、くぐって!!



   
G) 中央祠堂付近の回廊の壁。



    
デバターいろいろ。



 
組み合わせが間違っているような、合っているような、やっぱり違うような、合っているような。




そのつっかえ棒じゃ無理ではないかと。




画になるロシア人美女。




寺院の奥でも売ってます、買ってます。



   
H) 西側の塔門。箍(たが)が外れる、の箍だな。と思った日本人は多いはず。ホントか。




I) 西楼門。テラスの崩壊が進んでいてガタガタ。



     



通りを挟んで目の前にある「スラ・スラン」へ行く。



■12:08〜12:15
22) 「スラ・スラン」Sras Srang (見学時間目安5〜10分) ★★
創建[第一次アンコール都城(900年頃)、勢力分裂から国内統一(1000年頃)、内乱・戦争で混乱(1100年頃)、◎クメール文化の頂点(1200年頃)]


「沐浴池」という意味で、かつて王がここで沐浴したと伝えられている。東西約700m、南北約300mの池で沐浴するとは豪快すぎ!!



     
砂岩製のシンハ(獅子)像とテラス。



  
テラスの下に修復待ちで置かれているナーガ。




「スラ・スラン」のテラスから見た、「バンテアイ・クデイ」。