10月の読書感想

■『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上・下)』スティーグ・ラーソン -Män som hatar kvinnor- ★★★★


スウェーデンストックホルム。政治や金融業界のスキャンダルを暴き、民主主義を擁護する月間誌『ミレニアム』の発行責任者でジャーナリストのミカエルは、大物実業家ヴェンネルストレムへの名誉毀損で3ヶ月の禁錮刑を言い渡される。雑誌存続の危機に一時ミレニアムから離れたミカエルへ、斜陽の同族会社の前会長ヘンリック・ヴァンゲルからある依頼が舞い込む。


40年前にヴァンゲル一族が集う孤島で忽然と姿を消した、当時16才の姪ハリエットの未解決事件の真相を解明して欲しいというのだ。ヴェンネルストレムを確実に仕留める証拠資料をエサに調査を引き受けたミカエルは、背中一面にドラゴンタトゥーを入れた警備会社の凄腕リサーチャー・リスベットの存在を知り協力を頼む。彼女の特異な才能で調査が進展を見せる中、2人は富豪一族に隠された確執とおぞましい罪をあぶりだしていく・・・。


本シリーズが処女作となる著者が出版前年に急逝し、世界中で大ベストセラーとなり著者自身が“伝説”となった、北欧スウェーデン発ミステリー・トリロジーの1作目。現在、2作目と3作目の映画が同時公開中。1作目の登場人物だけで3ページ、家系図が2ページ、地図は3ページと脳みそフル稼働。馴染みのないスウェーデン人のレロレロ系の名前が、誰が誰やらいちいち確認してめんどくさー!! と思いきや、絡んでくる人物は10名程度と、広げすぎた風呂敷の中身は拍子抜けするほど小さかった。



1) 40名ほどのヴァンゲル一族のみが集う、密室ともいえる孤島での失踪 2)死体の隠し場所 3)犯人と動機、という3つの謎に加えて、1度はクソミソに敗れたミカエルが、ヴェンネルストレムの企業帝国を崩壊させるカタルシスに期待があるわけだけど、もはや最初の数ページで着地点が見えてしまう真相に、謎も捻りもトリックも伏線もへったくれもなく、クライマックスでのヴェンネルストレムのゴミのような扱いは、ありえないくらい酷い。


暗く高密度の不快さと暴力的なセックスはショッキングではあるけれど、それらを含めてもわりとありふれた物語が弱い。それでもページをめくる手が止まらなくなるのは、ステレオタイプの変人で登場しがちな才能を持つリスベットの、突出したキャラクターの複雑な魅力に尽きる。どんな話だったかは忘れられても、彼女の鮮烈な印象だけは間違いなく記憶に残る。通常の社会生活を送る事が困難であり、他者と距離を置く彼女が、脅威と見なした者に対する容赦のない攻撃性。身長150センチの痩せぎすの身体で、誰にも一切の期待を抱かず、自らの手で怒りの鉄槌をブチかます、その強靭な精神力に強く惹きつけられるのだ。


ところで、私が若い頃にはスウェーデンといえば「フリーセックスの国」が代名詞だったけど(ホントかよ!!)、その刷り込みを上書きする自由主義者ミカエルには、いちいち驚いている暇がない。チャーミングな魅力を放ち、容疑者でもあるヴァンゲル一族の年増女から、押し倒してくる若い女まで、大人の関係を楽しむキャッチ&リリースのモテ男。映画を観るとか食事するようなデートなど一切なし。この本からセックスを除けば3分の1は短く出来たと思う。共同経営者のエリカとは、彼女の夫公認の20年来の愛人関係なのだ。やはりスウェーデンはフリーセックスの国だった。ちがう、ちがう。


冷静で思慮深く道徳的で性に奔放な人気者ミカエルと、反社会的で独自の論理でのみ動くリスベットの、不思議なコンビの活躍が3作品しか読めないとは、あまりにも残念。ちなみに映画のミカエルは、ジャガイモみたいなおっさんが演じ超不満だったが、デヴィッド・フィンチャー監督のハリウッドのリメイク版では、ダニエル・クレイグに決定した。そりゃあそうだろう。



■『ミレニアム2 火と戯れる女 (上・下)』スティーグ・ラーソン -The Girl Who Played with Fire- ★★★


ミカエルとリスベットがヴァンゲル一族にまつわる事件を解決してから1年後。数学に魅せられ世界各地を旅していたリスベットは、ストックホルムへ戻ってもミカエルを避け続け、セックスフレンドとの生活を愉しんでいた。


リスベットに生涯の辱めを受け、黒い復讐に燃える彼女の後見人のビュルマン弁護士は、リスベットの過去を調べ上げ、彼女を憎悪する人物の使いの者“金髪の巨人”との接触に成功する。リスベットが12才の時の『最悪な出来事』に関わるその人物は、リスベットに凄惨な死をもたらすべく拉致を企てていた。


その頃、人身売買と強制売春を糾弾する記事を執筆中のジャーナリストのダグと、その恋人で博士課程の学生ミアを『ミレニアム』でバックアップしていたミカエルは、犯罪組織の黒幕である“ザラ”という謎の人物で手詰まりになっていた2人が、リスベットの指紋のついた拳銃で殺害されたと知る。連続殺人の容疑者として指名手配されたリスベットの無実を信じるミカエルは、独自の調査を開始するが・・・。


当人の自覚のない孤独ほど他者を切なくさせる、孤高の女リスベット・サランデルの過去が明かされる今作の謎は、1)最悪な出来事とは 2)ザラの正体 3)リスベットと宿敵ザラの関係、と、謎でも何でもない3つだけ。前作でも思ったが、著者は伏線の回収などしない人らしい。思わせぶりに登場して印象づける不審死も一切関係ないのだ。そして悪党はいるけどアホ野郎ばかりで、筋が通った魅力のある悪人は出てこない。今作もわりと良く使われる話で、それ以上でもそれ以下でもなく、上巻前半の旅先場面と買物フィーバーも冗長。前作を読んだ人なら「その人だけはないだろう」と思う、とっくに出番が終わった女性とミカエルが関係を持っていて驚く。きた球は何でも打ち返す男なのだ。


壮絶な手段をもって『最悪な出来事』を闘い抜き、子ども時代を奪われたリスベットが、手段を選ばない強敵に闘いを挑む。主役じゃなきゃとっくに死んでるムチャぶりにハラハラし、残忍な闘犬のねぐらに乗り込む、野良猫のような覚悟が胸を打つ。ミカエルに残すたった一言のメッセージが深い。2作目は一刻の猶予もない場面で終わるので、2作目の下巻と3作目の上巻は同時に用意しておくべし。


※3のあらすじは2の内容に触れるので、ていうか2のネタバレなので、本を読む予定のある人は読まないでください。


■『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 (上・下)』スティーグ・ラーソン-The Girl Who Kicked the Hornet's Nest- ★★★


宿敵ザラチェンコ(ザラ) との死闘で瀕死の状態に陥ったリスベットは、病院で一命をとりとめる。“金髪の巨人”は殺人を重ねて逃亡し、ザラチェンコは全ての罪をリスベットに着せようとしていた。12年前、ザラチェンコの悪事の隠匿のために、リスベットを無能力者にした“班”は、過去の違法行為を露見させる書類を葬るべく、回復しつつあるリスベットと事件に関わる者たちの抹殺に乗り出す。一連の事件の実態を掴みつつあるミカエルは、妹アニタにリスベットの弁護を任せ、彼女の無実を信じる者たちとともに裁判に挑むが・・・。


死ぬわきゃーないのは分かっていたが、棺桶に片足どころか墓穴に全身を突っ込んでいたリスベットの激しい憎悪の回復力。スキャンダルをもみ消そうとする悪人ども“ザラチェンコ・クラブ”の画策を、ミカエル率いる正義の集団“狂卓の騎士”が暴く。2から続くリスベットの宿敵ザラチェンコの背景は、1と同じく風呂敷を広げ過ぎていて、周囲が動く度に話がでかくなっていく。サスペンスと社会問題が中途半端で、強大な権力を誇る“存在しない組織”にしても、ザラチェンコにしても、どこがどう凄いのかさっぱり伝わってこない。


ミカエルとリスベットを支持し、不正義を正そうとする者たちは人格者で明瞭、決して一線を越える事なく証拠を手に入れ、殺される事はない。それに引きかえ悪人どもはスカタン揃いで、行きがけの駄賃の手緩さで、ありとあらゆる場面で下手を打つ。説明がくどく、ご都合主義の甘さがつくづく惜しい。