12月の読書感想

■『死のクレバス アンデス氷壁の遭難』ジョー・シンプソン 岩波書店 1991年5月 ★★★★★
1985年5月、イギリス人の登山家ジョーと親友サイモンは、ペルー・アンデスのシウラ・グランデ峰(6356m)の未踏の西壁へ挑み、予想以上に困難を極めるが見事登頂に成功。しかし、下降ルートの読みの甘さが凍え疲れきった2人を苦しめ、サイモンの凍傷は悪化し、滑落したジョーは死の結末を決定づける怪我を負う。そして、宙づりになったジョーと状況のつかめないサイモンの連絡手段はなく、ザイルを切断されたジョーは、激痛と孤独の絶望的な極限状態の中で、クレバスからの決死の脱出を試みる。


2005年公開映画「運命を分けたザイル」の原作で、著者が25才の時の実話。この西壁の遭難で2人がどうなるかは知っていたが(なんたって本書を書いてるし、映画にも出てるし)、手に汗どころか、手が冷え冷えの大興奮。ほんの数行出てくる程度の、過去の別の事故の話から血の気が引きっぱなしで、ベースキャンプへの生還は死んでも無理!! の、次々と襲いかかる悪条件のつるべ打ち。命綱のザイルの切断で隔たれた、両者の葛藤と生への執念に引きずりこまれる後半は凄まじいの一言。嬉しくなるほど文章が上手く、当事者の秒単位のスリルと作家性を兼ね備えた、購入必至の傑作。


■『垂直の記憶』山野井泰史 山と渓谷社 2004年4月 ★★★
大規模な登山隊を編成せず、少人数または単独での登頂を目指すアルパイン・クライマー山野井泰史の、ヒマラヤ高峰に関する登攀記録を7篇収録したノンフィクション。


スポンサー契約をせず、酸素ボンベを使わず、難ルートから一気に頂を目指すアルパイン・スタイルの痛快感。くー、カッコイイー!! ソロ(単独)登攀のハードボイルド的な精神がガッチリと心を掴んで、非日常な人生への説得力になってる。一般人を寄せ付けないほど突き抜けた思考じゃないところも安心して読める。各章の登攀状況にいちいちワクワクするものの、割とあっさりしているのが残念。第7章のギャチュン・カン北壁に関しては、沢木耕太郎著『凍』が反則なまでに傑作だったので期待していなかったけど、うまく表現できない感情や、ごく控え目な本音をチラリと覗かせたりして、当然ながら本人ならではの面白さがある。印税のためにも購入したいところだけど、購入無用、図書館で。


■『ブンブン堂のグレちゃん 大阪古本屋バイト日記』グレゴリ青山 イースト・プレス 2007年6月 ★★★
1980年代、大阪梅田。高校卒業後、夜間専門学校への学費と生活費のため、古本屋「ブンブン堂」でバイトを始めた18才の乙女グレちゃん(著者) の、ゆる〜い日常を描くコミックエッセイ。その他、大阪の古本屋12店もさっくり紹介。古本情報誌「彷書月刊」に掲載された連載に書きおろしを加えたもの。


仕事はきっちり、ノリは関西人の懐の深い店長の存在感が最高。変わり者ばかりが集う古本屋の個性的な店員、心に乙女を宿す古本愛好家、身体から古本の匂いが滲み出てくる客たちとの日常が味わい深く、何度でも読み返したくなる。巻末にある、一般の人には非公開の「古書入札市会」が面白い。百円なら購入、もしくは図書館で。


■『凍』沢木耕太郎 新潮社 2005年9月 ★★★★★
世界最高レベルのクライマーと、世界有数の女性クライマーである山野井泰史・妙子夫妻が、2002年10月にヒマラヤの高峰「ギャチュン・カン」の北壁に挑んだノンフィクション。2005年の『新潮』八月号に一挙に掲載された『百の谷、雪の峰』を改題。


テレビで見た限りでは、どこかの農村で野菜でも作っていそうな山野井夫妻の風貌(失礼!) からは想像もつかない山での姿に驚く。強靭な精神力と、必要なもの、重要なもの、優先するものを躊躇わない姿勢に強く心を動かされ、あまりの面白さにページをめくる手が止まらなくなるとはこの本のことだ。いや、ホントに。何より、登山未経験者の私にも状況が皮膚感覚で感じられる沢木氏の淡々とした文体が、この作品の価値を百段くらい高めてる。ていうか、一緒に登攀したのではないかと錯覚するほど素晴らしい。この人の本を読むと、思わず背筋がシャキーンと伸びてしまう。もう、シビレっぱなし。


1秒1ミリ1グラムが生死を分かつ場で鋭敏な判断を下す泰史氏も凄いが、妙子さんはとにかく『凄すぎる』としか言いようがない。もう、人類を超越してるって感じ。“痛い描写”が苦手な人には無理だけど、ハードボイルド好きにもお勧め。本気と書いてマジと読む、凍(る) と書いて“とう”と読む!! 「八甲田山」以来に味わった恐怖に、読了後も脳ミソが現実に戻ってこられず、一生記憶に残る本になりそう。文庫購入で是非。


■『グ印関西めぐり濃口』グレゴリ青山 メディアファクトリー 2007年10月 ★★
京都生まれ・京都育ちの著者が、関西人にとってお馴染みの場所や、お馴染みすぎて行った事のない場所などを濃い口に案内するコミックエッセイ。描きおろし他、「関西ウォーカー」「るるぶ」等の掲載をまとめたもの。


京阪沿線銭湯めぐり、たこフェリーで行く明石〜淡路島、東映太秦映画村滋賀県草津温泉など、有名無名をごちゃまぜに紹介。怪しいモノを鋭く嗅ぎ分ける嗅覚は健在も、残念ながらパワー不足。文字も小さくてめんどくさい。また、マイタケ氏(「グ印観光」などに登場する常連キャラ) の話や、外国の旅行記を読んでみたい。


■『あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します』文:菅野 彰 絵: 立花 実枝子 新書館 2007年1月 ★★
住居化している中華飯店、テーブルの器が滑っていく傾いた食堂、ハリボテで自宅を装うレストランなど、営業すら疑われる飲食店を巡り、ギリギリ生還できる危険なメニューを注文しては、その店の「生死」を判定する体当たりエッセイ。


前置きが長く内容が薄い。微妙にリアルな猫の四コマ漫画より、全編を単純なイラストにした方がインパクトがあると思う。企画は面白い。購入無用、図書館で。


■『コスプレ女子の時代』杉浦由美子 ベスト新書 2008年3月 ★
異性に向かわないモテ願望、エロいが褒め言葉の感覚、他者との距離感を作るためのメガネなど、恋愛や仕事の形態が様変わりしサバイバルを余儀なくされた現代女性の自己演出(=コスプレ)する心理を、女性医師やOLのインタビューを交えながら紐解く。


ドラマやコミックを持ち出してばかりでさっぱり面白くなかったが、ごく普通のOLの「勘違い」の一例を紹介したあとがきに、唯一、興味が湧いた。購入無用、図書館で。


■『さおり&トニーの冒険旅行 イタリアで大の字』小栗左多里&トニー・ラズロ ヴィレッジブックス 2007年4月 ★
漫画家の妻さおりと、ハンガリー人とイタリア人との間に生まれ米国育ちの夫トニーが、イタリア四大都市(ヴェネツィアフィレンツェ&トスカーナナポリ・ローマ&近郊+サルデーニャ島)で、様々な伝統に挑戦するコミックエッセイ。


1つの話が1P〜6P程度で、読んでも、読んでも、どこまで読んでも、ヤマなし、オチなし、個性なし。ガイドブック片手の観光客が経験する事のできない貴重なエピソードが、まったく面白く感じられない。疲れている時にボーッと読むには良さそう。購入無用、図書館で。